きみの行く道 - tumblr
すべての空きポータルが緑か青に染まり尽くす頃、人々はついにIngressのポータルにするためだけに(芸術的な)モニュメントを建築し始めた。新しいポータルはできるだけ他のポータルと離れていたほうがコントロールフィールドが大きくなるため、地球上のありとあらゆる白地図がターゲットになった。 ポータル建築は前述のように私有地化してから行うのがセオリーのため、なんでもない砂漠、僻地の空き土地が高騰し、空前の土地バブルが訪れる。
Ingressの見た夢

intelマップ見てめぼしい区画を物色する作業に1日費やすのはまだ序の口なのかもしれない。

(via daxanya1)
でも今では、誰かが誰かを失うことはないのだと確信できる。もともと誰かが誰かを所有するということはないのだから。本当の自由の経験とはこういうことだ。-この世で一番大事なものを、所有することなく、抱きとめること。
パウロ・コエーリョ “11分間” (via mahorii)
船は港にいる時最も安全であるが、それは船が作られた目的ではない。
パウロ・コエーリョ(作詞家、小説家) (via lifeisquote)

大阪生まれの司馬遼太郎が、東京にはじめて出てきた頃、この地の商売人の愛想の無いことに閉口した旨を述べて、

「どうして下町の商店のおやじはあんなに威張っているのか」

といった感じの疑問を持ち出すのだが、この逸話に対しての山口瞳の返答が面白い。

「われわれ東京の人間からすると、ちり紙みたいなものひとつ買うのに、いちいちヘコヘコ頭を下げるような商売人に出くわすと、不良品をつかまされたんじゃないかと思うがね」

まー安月給のバイトに忠誠求めるなや。金払ってから忠誠を求めろ
東電を見ろ、誰も裏切らない

bcbtn:

ネゴラかわいいよネゴラ

青魚には、EPAやDHAが豊富に含まれています。
背中の青色は、太陽の紫外線による酸化から身を守っています。下から大型魚に狙われるので、腹は白い保護色をしています。青魚は常に運動していて良質の蛋白質を蓄え、皮に抗酸化作用を持ち血管内で固まりにくいEPAやDHAのを含んでいるのです。
放射線がなぜ人体に悪影響を与えるのかを説明します.放射線が人体を構成する原子に当たると,原子は電離・励起されます.電離・励起された原子は,自己の原子の共有結合を切断したり,周囲の別の分子と結合したりすることで,分子に損傷を与えます.

DNAへの損傷は,細胞内で働く部品(タンパク質,RNAなど)の設計図が壊れることを意味します.この結果として,致命的である場合は細胞死,致命的ではない場合はDNA情報が変化したまま細胞分裂が繰り返されます.

こうしたDNAの損傷は,活性酸素や他の化学物質などの発がん物質でも同じように起き,特別な現象ではありません.実際には,DNAに損傷が生じても,DNA修復系があるためほとんどのものは修復されるので,ただちにDNAがずたずたとなるということはありません.

放射線がただ体を通過していくなら何の問題もありません。通過する際に体内の酸素の電子を弾き飛ばします。その結果活性酸素が発生し、それが大量な場合は細胞を傷つけることになります (まぁ正確に言うと酸化物が生成されてるんですが)。

日焼けは軽症の放射線やけどです。日焼けって太陽の熱で焼けているわけじゃありません。紫外線も単に波長が長めなだけで、放射線として定義できます。放射線で活性酸素が増えて細胞の酸化が進み、燃焼 (火傷) しているわけです。ただ、波長が長いので、簡単に通過することはできず、影響は肌の表面付近に集中します。

そして放射線の波長が短くなるにつれて透過力が高まり、体の内部に影響を与えることになります。

塊になっているがんに抗がん剤がイマイチ効かないのは、血管から遠く離れた所にがん細胞がひしめいているからだ。届かない。
また、放射線治療もイマイチ効かないのは、そこが酸欠状態だからだ。放射線は結果的にそこにある酸素から活性酸素を作り、これに弱いがん細胞を攻撃させる。しかし、酸素があまりなければそれほど効かない。
だだもれ (via hutaba)
無意識に行ってしまうものほど丁寧に行う。

四規:和敬清寂
七則:茶は服のよきように点て、炭は湯のわくように置き、冬は暖に夏は涼しく、花は野の花のように生け、刻限は早めに、降らずとも雨の用意、相客に心せよ。
有料誌は一方通行のメディアであって「見るだけ」になってしまいがちです。一方、フリーペーパーは自分が参加したくなるようなメディアであり読者と作者が両通なんですよ。何かをやろう、と自分の重い腰をあげるきっかけになれるメディアだと思います。
「どうでもいい、とわざわざ主張するからには、そこにはどうでもよくない何かがあるのかもしれない」
「どうでもいいから描かない」を裏返すと「描かれているものは、すべてがどうでもよくないものである」という意味になる。

あずま氏作品がオタ受けしたっていうのは、「邪魔くせーものを排除するあずま先生の世界観かっこいいっす!」みたいな積極的賛同が多かったって意味では決してないと思うんだよね。「あー要らねーものが無いから、この漫画ラクだなー」っていう消極的な共感からウケてるんじゃないだろうか。