きみの行く道 - tumblr
寿司のカウンター席に米国大統領が座るというのは画期的ですね。調理過程をすべて見せるという日本のカウンター文化は欧米では珍しいものですし、なにより、包丁を持った料理人が大統領の目の前にいることを許容するという、セキュリティ上の理由が画期的。普通なら許可されない状況。
当たり前のことだけど、「多少のことは気にしないで、ふつうに楽しく一生懸命に生きる」という考えもまったく悪くないと思う。

誰だっていつかは死ぬわけだし、長生きすればガンにかかるのはむしろ普通のことだ。 それならば、「ガンになる確率」がわずかに増えた(かもしれない)ことなど気にせずに前向きに生きていけばいいじゃないかというのは、一つのいい考えだと思う。

ただし、一つ注意することがある。 自分自身が「気にしない」という生き方を選ぶのはいいけれど、それを他人にも押しつけてしまうのはよくない。 「気にして」生きていきたいという人の「気にする権利」は奪えないからだ。
人々の寿命が延びたため、ガンにかかる人が増えている(昔だったらガンになる前に他の病気で死んでいたはずの人たちが長生きしてガンになっているから。「ガンが増えている」というと悪いことのようだが、実は医学の勝利の結果なのだ)。
許可形が多く使われるからには、それはおそらく許可形表現が丁寧な言い回しであると感じられているためだろう。何かを丁寧に依頼するとき、相手に許可を求める表現を用いるのは、日本語に限ったことではない。相手に選択の権利を与えることが、自分自身で意思決定をして、自発的に行うことに喜びがあるはずだという思想がある。

最近の商業会話では、許可を求める形の表現が度を過ぎて使われているように感じられないだろうか。すなわち、相手に何かを要求するときに、直接求めるのではなくあえて許可を求める形式の言葉遣いをするものである。

たとえば、通信販売で家電製品を買おうとする。注文のために電話をかけると、「お名前とご住所を伺ってもよろしいですか」と許可を求めるのである。こちらから電話をかけて注文しようとしているわけだから、名前や住所を知らせるのは当然のことで、どうしてこの場面で許可が必要なのかまったくわからない。

居酒屋に行くと、「ご注文を伺ってもよろしいでしょうか」という言い方が定型(マニュアル)となっているようだ。そもそも客は、店員が注文を取りにくることを期待して店に入ったわけだから、この言葉はやはり妙である。これがもし、議論が白熱している客に対して、「ご注文を伺ってもよろしいでしょうか」というのであれば、私も大いに納得する。注文が議論の腰を折る可能性があるからである。

相手に選択の余地はまったくないにもかかわらず、あたかも選択肢がいくつかあるかのように聞こえることが、大変不自然である。そればかりでなく、ありもしない選択肢をあたかもあるかのごとく表現して自分の身を引くのは、かえって自己の責任を放棄しそれを相手になすりつけるというような、妙な押しつけがましさを相手に与える。それで不愉快に感じたのだというのが、いまの私の結論である。

許可を求めるということは、原理的には相手にそれを否定する選択肢を与えるということである。つまり、意思決定理論の文脈で言い直すと、行動を促すインセンティブを与えるが、その行為を選択するのはあくまで相手の自発的意思決定に任せるのである。(P.105−117)

ハーレクインの漫画を描いている漫画家さんにききました
が、あれだけたくさんでている作品の中に、三角関係ものって、皆無なんだそうです。なぜなら、ふたりは、お互いしかみていないから。魂の部分から、ふたり
はひかれあっていて、そこに第三者が介在する余地はない、愛の世界だから、だそうです。

ハーレクインコミックス&キララには7つのジャンルがあります。
Pure romance(ピュアロマンス)

身近に起こりうるテーマを題材とした、思わず応援したくなるようなヒロインと、包容力のあるヒーローの間に生まれる、心ときめく恋や、やさしくせつない永遠の愛の物語です。
Passion romance(パッションロマンス)

逆境を乗り越えて大成を収めたが愛を信じられない陰のあるヒーローなど、タフで男らしいヒーローとの恋が描かれています。情熱的な愛を求めるあなたに読んでもらいたい作品です。
Historical romance(ヒストリカルロマンス)

ドラマティックな歴史ロマンスを壮大なスケールで描きました。ゴージャスなドレスを纏うヒロインに出会える19世紀ロンドン社交界、中世ヨーロッパなどが舞台です。時代を超えて煌めく愛に酔いしれてください。
Romantic Suspense(ロマンティックサスペンス)

スリルあふれるロマンティックサスペンス。スパイもの、ボディーガードもの、バンパイアもの、ロイヤル・ロマンス等、バラエティに富んだ物語が一杯です。緊張感の中に芽生える愛を堪能してください。
Seasonal Romance(シーズナルロマンス)

日本に四季があるように、世界各国にもその国ならではの美しい季節があり、またそれを彩る恋もあります。<Christmas><Summer>それぞれの美しい季節に贈る、とっておきの恋物語です。
Christmas…聖なる季節に奏でる、魔法のような愛のセレナーデ。
Summer…情熱の季節に煌めき、燃えあがる愛のカンタータ。
Fantasy Romance(ファンタジーロマンス)

妖精たちが活躍したり、魔法使いやバンパイアが登場したり、あるいは時空を超えてくりひろげられる幻想的なロマンス。わくわくする展開に胸躍らせてください。不思議の糸で結ばれる愛の物語です。
Romance(ロマンス)

濃厚でドラマティックな愛の世界をお届けします。ロイヤルファミリーのプリンス、砂漠のシーク、巨大企業のボス、名門の御曹司などゴージャスなヒーローが次々と登場。ヒロインたちは数々の試練を乗り越え、大輪の花を咲かせます。大人の女性に贈る、豊饒なとびっきりの愛の物語です。

オバマ「おるかぁ?」
野田「え?どちら様で?」
オバマ「おるな、今から行くわ」

ピンポーン(オバマ来日)

オバマ「ここやで、トントン(サインするとこを指で叩きながら)」

眼鏡掛けた白髪のオヤジが、使い古したシワの入った白い調理帽をかぶって、「らっしゃい」と静かに迎えてくれるような店にある。
全員が店のロゴが入ったお揃いの黒Tシャツを着て、頭に黒いバンダナ巻いて、「ハイご新規一名様ァ!」と怒鳴って迎えるような長髪若者店員には作ってもらいたくない。

(中略)冷蔵庫の上に映りの悪いテレビがのってて、カウンターの下に油のしみた三ヶ月前の女性セブンが重なってたりする店だ。

筒井は「2ch以前から一人で2chみたいなことをやっていた人」のように言われることがある。しかし、彼の作中での差別や障害ネタは「差別を見て笑って/楽しんでしまう私のおぞましさ」を発見するための装置なのである。作家自身がそう語っている。(ここに『笑犬樓よりの眺望』へのリンクあり※引用者注)

初期の2chには、おそらく「厳しい自己認識の手段」としてのブラックユーモアがあった(はずだ)。しかし、現代の「2chまとめサイト」は、その差別やブラックユーモアを単純な娯楽として消費されるようにパッケージ化するものである。
教養のある人たちでさえ、長い時間一緒にいると会話のレベルは低くなります。
『文学部唯野教授の女性問答』筒井康隆著 (via kokadoeriko)
著者が自分のなかに予めある見解をそのまま出しましたという本は、好きじゃないんですね。その作品を作る過程で著者自身が変化していったり、化学反応を起こしているものが好きです。そういう化学反応がない人は、何を書いてもみんな同じになってしまう。
描き始めた19年前は、女性の一人飯も、食べ物を撮影してブログなどに挙げるような風潮もなかったですね。今、ブログなどで評論みたいなのが多いけれど、五郎はうんちくを語らないでしょ。店に入ったらその店に従うのが「旅行者」の礼儀ですから。
夜の酒は、疲れたから、嫌なことがあったから、記念日だから、などと言い訳が多い。しかし昼の酒にはそれがない。飲みたいから飲んでいる、ただそれだけだ。だから、昼間の酒はサイコーだ、と。なるほど。
「部屋を片付けられない女」とかよくテレビでやっていますが、私もそんな一人です。掃除をうまくやる方法を教えてください。
掃除の方法を教えたところで、アナタやらないでしょう? 諦めなさい。

偏見なんですけど、アナタ、片付けられない女なんでしょう? まいいや、まいいやで、何事も後回しにするような、根性無しのヘコタレ女でしょう? 30歳で独身で彼氏もいないんでしょう? 「私の人生これでいいのかしら?」って迷っちゃってる女でしょう? 偏見ですけど。海外にでも行って自分探しがしたい、なんて言ってんでしょう? でも、実際問題、お金が無いんでしょう? 化粧も落とさず寝て、でもそのわりに肌がキレイな女でしょう? 部屋汚いくせに、服からは外国製の柔軟剤のにおいのする女でしょう? レディコミ好きなマグロ女でしょう? そしてアナタはまた一人。
僕がメガネをかけているため、「メガネ」というアダ名なのですが、でも、この前、ある人から「キミって光浦靖子に似ているよね」と言われ、すごくショックを受けました。光浦さんに似ていても、明るく生きていける方法を教えてもらえませんでしょうか。
町を歩いているとよく声かけれるのよねえ、「私、光浦さんに似てるって言われるんですよぉ」って。見てみまると、ただメガネかけた、ま、戦力外通告だな、てな女のなのよねえ。私も、何や言っても芸能人じゃないですか。それがアナタ、100キロ以上あるような、鬼みたいな顔した、ただメガネをかけた女に「ぶひゃ、私、光浦さんに、ぶひゃ、似てるって、友達にいじめられてるんですよぉ、ぶひゃ」って言われてごらんなさいよ。彼女がいじめられる理由は私なんでしょうか?

でも、「似てるんですよ」って良いながら明らかに私より可愛い女がいたりするんですよ。なんでしょう? あの手の女の心理って。自信たっぷりなんですよねえ。

だいたいそういう女は、飲み会でグラスひっくり返したときも、「やー、こぼしちゃった。あたし酔ってる、酔ってるかも。やばい、酔ってるぅ」ってやるんですよね。なぜいつも自分、自分、自分! 自分が思っているほど自分は注目されていない!