きみの行く道 - tumblr
zukasaman:

滝修行。

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滝修行。

いまの東京で、ふと闇を感じるような頹廃のたたずまいを残す場所はわずかだが、それでも、古いもの好きの心をなぐさめる特別な聖所がないわけではない。たとえば芝の増上寺の御正門、月島の家並み、佃の住吉神社界隈、そして上野寛永寺につづく谷中墓地。これらを東京のブラックホールと名付けてもよい。

佃や月島の土地がが大川をはさんで、いまなお古い東京のたたずまいを残してきた最大の理由は、鏑木清方が『明治の東京』で書いたように、新政府がらみの移住族に追い立てられた江戸以来の文人や粋人が、一斉にこの地域に移り住んだため、大川端に江戸趣味の庶民生活が残されたのである。

また芝の増上寺は徳川の菩提寺であり浄土宗の大本山となっていた聖地だ。だから明治政府がここに某高官の銅像を建てた際、永井荷風に、怨みをこめて「江戸情緒のいちばん色濃い場所に、西洋のモニュメントをなぜこしらえるのか」と避難されて当然だった。

また、上野寛永寺に連なる谷中墓地はむろんのこと、江戸の鬼門を守る大切な聖地である。ここを破壊すれば、江戸に邪悪な霊や災いは押し寄せることは目に見えている。明治新政府でさえ、明治が生みだした菅原道真以来最大の祟り神である西郷隆盛の銅像を、置かなければならなかった。
神道はもともと葬式や葬祭に弱かった。祓いや浄めといった生者にかかわる祭式は十分にあり、また祖霊をうやまうことにも怠りなかったけれど、死を穢れとして祓ったものだから、どうしても死者の処分に関心がむかなかった。そこで神葬祭を発明しなければならなかった。神葬祭は明治元年の廃仏毀釈以来、新政府により推奨され、一時期民間にもひろまった。葬式を仏寺から神社へうつそうとした幕末明治にあって、とりわけおもしろい活動をしたのが、あの出雲大社だった。出雲大社は、黄泉の国を支配する大国主を祭神とする神社である。

江戸末に興隆した平田篤胤のいわゆる復古神道の影響は新たに、神道の考える正解の構成要素として「幽界」というものを提唱した。つまり、あの世である。「あの世」では、出雲大社の祭神が主催神であり、顕界を支配する天照大神と対比される立場にある。明治時代にはいり、日本の神社は、天照大神を祭神とする伊勢神宮を頂点とする神道国教化制作の流れにはいった。出雲大社でも千家尊福という人が大宮司に任ぜられた。この天照大神を祭神とすることに異議をとなえたのが、千家尊福だった。

千家は、幽冥界を主催する大国主命を加えないのは理不尽だとクレームをつけた。しかし伊勢神宮の宮司大教正であった田中頼庸は、千家に反論し、大国主を祭神に加える必要はないと公言した。この結果、神道界は伊勢と出雲の対決になってしまった。

この紛争を解決するために、明治天皇の命令で神道大会議は開かれ、明治14年にひとつの結論がだされた。結果、出雲大社の願いは聞きとどけられなかった。そこで千家尊福は、かねて宗教的活動の部分を担っていた出雲大社教院を独立させた。もとめに応じて葬儀をとり行うこともできる。

しかし、いくら葬儀ができるようになった神道とはいえ、もとから葬儀に対し独占権を握ってきた仏寺と対決することは、かなりむずかしい仕事であった。神葬祭は、その後も全国的に人気にはならなかったが、そのかわり出雲大社ではまったく新しい儀式を、出雲の独占物にすることには成功した。それが神前結婚式なのである。

出雲大社はもともと縁結びの神として絶大な人気を誇っていた。しかし縁結びの結果、行われる結婚式は、嫁入り先の家で夜間に行われるのが普通だった。陰陽五行思想により女が陰の性をもつためで夜が選ばれた。つまり、結婚は幽冥界でのイベントなのである。とくに婚礼は、修行と禁欲を土台にする仏教のアキレス腱でもあった。婚礼を儀式のうちにとりこんでいるのは、外来のキリスト教だけであた。

明治33年に皇太子だった大正天皇が、『古事記』の故事にのっとった神道式の結婚式をあげたことから神前結婚式への注目度は高まった。これを機に、明治34年からは現在の東京大神宮(いまは飯田橋にある)で神前結婚式が行われるようになり、今日の結婚式スタイルが確立するもととなった。
哺乳類の狩りに慣れてる人は、ときどき恐竜の脳みそを撃とうとします。これほどばかげた真似はありません。だって、恐竜に脳みそなんかないんですから。正確にいえば、脊椎の上のほうの端っこにテニスボールくらいの大きさの、小さな組織の塊があります。でも、厚みが6フィートもある頭蓋骨のなかに埋もれてるのに、どうやって命中させるんですか?

恐竜を相手にしたとき、安全の鉄則は一つだけ。必ず心臓を狙うことです。あいつらの心臓はでかいですよ。鉛玉を二発心臓に撃ちこめば、とにかく足は鈍らせられます。問題は、鉛玉が心臓のまわりの肉の山を撃ちぬけるかどうかですね。
かつて原子を支配したように、わしらはまもなく時間を支配するかもしれん。わしらの祖先が空間を探検したように、時間は探検されるかもしれん。わしらが空間の大陸を受け継いだように、時間を大陸を受け継ぐだろう。
bowi:

山口瞳流、大人の飲み方 | 文春写真館
紺屋高尾(こうやたかお)というお話で
古典落語、浪曲などの演目で使われています。

以下wiki引用

神田にある紺屋に勤めている染物職人、久蔵。11の年から親方に奉公して、26となった今でも遊び一つ知らず、まじめ一途に働く好青年だ。その久蔵が、なぜか三日前から患って寝込んでしまっている。心配になった親方の六兵衛が尋ねてみると、返ってきた答えはなんと「お医者様でも、草津の湯でも…」。

「恋わずらいか!?」

親方仰天。詳しく話を聞いてみると、三日ほど前に友達づきあいで吉原に行き、話の種だからと「花魁道中」を初めて目にしたという。その時目にした高尾太夫のこの世のものとも思えない美しさに魂を奪われ、それから何を見ても高尾に見えるようになってしまった。あんな美人と一晩語り明かしてみたいが、相手は「大名道具」と言われる松の位の太夫、とても無理だ…と、帰ってきたとたんにがっくり来て、寝込んでしまったのだというのだ。

唖然とした親方だったが「このまじめ一徹の男に、面と向かって『駄目だ』というとかえって変になってしまう。ここはひとつ、久蔵の願いをかなえてやろう」と思い直して、「いくら太夫でも売り物買い物だろ? 俺に任せておけば会わせてやる」。

さすがに最高位の花魁だけあって、高尾を座敷に呼ぶのにはどう少なく見積もっても十両はかかる。久蔵の給金の三年分だ。しかし、それを聞くと希望が出たのか、久蔵はにわかに元気になった。

それから三年というもの、久蔵は一心不乱に働いて、入ってくるお金はすべて貯金に回した。その結果、三年たったころには彼の貯金は十両を通り越し、十三両近くにもなっていた。このお金を持って、遊びに行ければいいのだが、何せ相手は最高位。突然乗り込んでいっても会えるわけがない。そこで、親方の発案でお玉が池の竹内蘭石という医者を案内役に仕立てることにした。この先生、腕の方はアヤフヤだが、遊び込んでいてなかなか粋な人物。早速呼んで教えを請うと、予想通りいろいろとアドバイスをしてくれる。

「いくらお金を積んでも、紺屋職人では高尾が相手にしてくれません。そこで、久蔵さんを流山のお大尽(金持ち)に仕立てて、私がその取り巻きということで一芝居打ちましょう。下手なことを口走ると紺屋がバレるから、何を言われても『あいよ、あいよ』で通してください」。

帯や羽織もみな親方にそろえてもらい、すっかりにわか大尽ができあがった。先生のおかげで無事に吉原に到着し、高尾に会いたいと申し出るとなんと高尾が空いていた!しかも、高尾自身も「大名のお相手ばかりで疲れるから、たまにはそんな方のお相手がしてみたい」と言っているんだとか…。

さて、三浦屋。久蔵が高尾の部屋でドギマギしていると高尾太夫がしずしずと登場。少し斜めに構えて、煙管で煙草を一服つけると「お大尽、一服のみなんし」。松の位の決まりとして、初会では客に肌身は許さないから今日はこれで終わり。花魁が型通り「今度はいつ来てくんなます」と訊ねると、感極まった久蔵は泣き出してしまった。

「ここに来るのに三年、必死になってお金を貯めました。今度といったらまた三年後。その間に、あなたが身請けでもされたら二度と会うことができません。ですから、これが今生の別れです…」。

大泣きした挙句、自分の素性や経緯を洗いざらいしゃべってしまった。流石は最高位の花魁。高尾の方も、久蔵の指先を見てそのうそに気がついていたらしい。怒られるかと思いきや、高尾はなぜか涙ぐんだ。

「源・平・藤・橘の四姓の人と、お金で枕を交わす卑しい身を、三年も思い詰めてくれるとは、なんと情けのある人…」。

自分は来年の三月十五日に年季が明けるから、その時女房にしてくんなますかと言われ、久蔵、感激のあまり泣きだした。

お金をそっくり返され、夢うつのまま神田に帰ってきた久蔵は、それから前にも増して物凄いペースで働き出した。

「来年の三月十五日…あの高尾がお嫁さんにやってくる」、それだけを信じて。

「花魁の言葉なんか信じるな」なんていう仲間の苦言も何のその、執念で働き通していよいよ「来年の三月十五日」…。

本当に高尾がやってきた。久蔵、「ウーン…」と失神。その後、久蔵と高尾が親方の夫婦養子になって跡を継ぎ、夫婦そろって何とか店を繁盛させたいと、手拭いの早染め(駄染め)というのを考案する。その速さと粋な色合いがブームとなり、通称「かめのぞき」と呼ばれるようになった久蔵の店は大繁盛することになった。
10月7日に発表された最新の研究によると、地球温暖化がもたらす最も差し迫った影響は、野生生物や人間の間に致死的な感染症が急激に広まることだという。
地球規模で進む気温と降水量の変化により各地の生態系が変容すると、ライム病、黄熱、ペスト、鳥インフルエンザなど、さまざまな病気が大流行する恐れがある。アメリカのニューヨークに拠点を置く非営利団体、野生生物保護協会(WCS)は、その中から特に注意すべきものを“死に至る12の病(deadly dozen)”と名付けて注意を呼びかけた。
 このリストで上記4つ以外に挙げられている“病状”は、バベシア症、コレラ、エボラ出血熱、腸内寄生虫および外部寄生虫、赤潮、リフトバレー熱、アフリカ睡眠病、結核である。
この映画が公開中の1995年に、ザイール(現・コンゴ民主共和国)でエボラ出血熱(エボラ・ザイール)が流行した。

blazepress:

A short film about gender roles, Trans, and what it is like to have an identity that deviates from the status quo.

This is phenomenal.

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クスックスッって感じの画像くれよ - がぞ~速報
デビルマン「寄生獣が俺達の仲間入りだ」
寄生獣「うちは俳優使います学芸会と一緒にしないで」
ガッチャマン「俳優使えば大丈夫と思うなよ」
寄生獣「くっ…海外で映画化していればこんな事には…」
ドラゴンボール「そうとは限らないぜ」
キャシャーン「お金をかければ良いというものじゃない」
気持ちを表現できると、感情をコントロールする力が育ってくるのだそうです。

小笠原流礼法では,自分の存在は他人にとっては邪魔なのだ.だから自分を出すことはそれだけで迷惑となる.これは公衆意識の欠如である.

いわば,自己制御力がないのだ.そもそも自己抑制こそが作法の本質である.抑制をしない者は幼稚か野蛮とみなされる.

ohgro:

サンタモニカの風 / 桜田淳子
太陽の彼方 / ゴールデン・ハーフ
グッバイ・サマー / 香坂みゆき
夏が来た! / キャンディーズ
ひまわり娘 / 伊藤咲子
ビキニスタイルのお嬢さん / ゴールデン・ハーフ
黄色いビキニ / キャンディーズ
暑中お見舞い申し上げます / キャンディーズ
潮騒のメロディー / 高田みづえ
渚のシンドバット / ピンクレディー
夏の感情 / 南沙織
さよならバイバイ / キャンディーズ
17才 / 南沙織
ひと夏の経験 / 山口百恵
白い灯台 / 伊藤咲子
気軽な旅 / キャンディーズ
夏に抱かれて / 岩崎宏美